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映画『たかが世界の終わり』

今日、映画『たかが世界の終わり』を観てきた。タイトルのインパクトがすごくていったいどんな作品なのか前から気になっていた。監督・脚本は自身も俳優として活躍するグザヴィエ・ドラン。今回は本人は出ていないのだけれど、出演者が全員すごかった。主役のルイを演じるのはギャスパー・ウリエル(ジャン・ピエール・ジュネ監督の『ロング・エンゲージメント』など出演)やフランス映画の方の『美女と野獣』に主演したレア・セドゥが妹のジュサンヌを演じていた。

ネタバレ注意です。

「家族」をテーマにした作品だった。ルイが「ある告白」をする為にわけあって12年全く帰っていなかった実家に帰省する。12年もの間に家族はずいぶんと様子が変わっている。母親は年を取り、妹のジュサンヌは美しく成長し、兄は結婚し会ったことのない義理の姉ができて、姪や甥も生まれている。

家族一教養や才能、収入(劇作家をしている)、そして美貌を持ち、ゲイで自由に生きるルイに兄のアンソワーヌ(ヴァンサン・カッセル)は劣等感のような嫉妬心のようなものを持ち、妹のジュサンヌはそんなルイに憧れを持ち、なぜ少ない言葉しか書かれていない旅先からの絵葉書しか送ってこないのかをつい責めたりする。そこがいじらしい。母親(ナタリー・バイ)もルイが突然帰ってきたことを心から喜ぶが、何か理由があるのだろうと推測するも話を変えて、なかなかルイは告白がなかなかできないでいる。家族はルイを心から愛しているが、今まで家族と疎遠になって他人にようにしてきたことを理解できない。理解できないからこそルイが美しく見えて、距離感が苦しい。この苦しい感情が観客を巻き込みひたすらそれが2時間続く。

作品の最後に食事中にルイが告白をしようとして、家族全員の感情が一気に爆発し修羅場になるのだけれど、その映像が怖いというよりなぜか美しくスタイリッシュだ。ドラン監督の才能を感じた。挿入された音楽ににもこだわりがあるようで、歌詞のすべてに意味を感じた(Camille『Home Is Where It Hurts』/Moby『natural blues』)。過去にアデルのたっての希望で『Hello』のPVの映像も監督したこともあるようだ。すっかり、作品と監督のファンになった。